東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)63号 判決
(争いのない事実等)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、第一引用例ないし第三引用例の記載内容及び本願発明と右各引用例との間の構成上の一致点及び相違点が本件審決認定のとおりであること、並びに第四引用例に本件審決認定の一般式で表わされる化合物の製法の記載があり、右化合物が本願発明の目的化合物に該当することは、原告の自認するところである。
(本件審決を取り消すべき事由について)
二 原告は、本件審決は、第四引用例のその余の記載内容の認定を誤り、かつ、本願発明の特許出願当時の技術常識を誤認した結果、本願発明は、第一引用例ないし第四引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。
1 第四引用例に、一般式
<省略>
(R1はR3―(AIK)m又はR3―S(AIK)mを表し、R3はテトラゾリル、チアゾリル等を表し、AIkはアルキレンを表し、mは0又は1を表し、R2はテトラゾリル、チアゾリル基を表す。)で表される化合物の製法の記載があり、右化合物が本願発明の目的化合物と同一であることは、前示のとおり原告の認めるところである。そして、成立に争いのない甲第六号証(第四引用例)によれば、第四引用例の製造例2には、7―アミノセフアロスポラン酸にブロモ酢酸クロライドを反応させ、7―ブロモアセトアミドセフアロスポラン酸を得る製造例が(別紙二参照)、製造例6には、7―アミノ―3―(1―メチル―1H―テトラゾール―5―イルチオ)―メチルセフ―3―エム―4―カルボン酸にブロモ酢酸クロライドを反応させ、7―ブロモアセトアミド―3―(1―メチル―1H―テトラゾール―5―イルチオ)―メチルセフ―3―エム―4―カルボン酸を得る製造例が(別紙二参照)記載されており、右製造例の記載からは、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基としてアセトキシ基からなる化合物(製造例2)及び複素環チオ基からなる化合物(製造例6)に対して、ともにブロモ酢酸クロライドを反応させた場合、ブロモ酢酸クロライドは、いずれも7位のアミノ基と反応するが、3位及び4位の置換基は右反応の影響を受けないことが、また、右明細書の製造例1には、7―アミノセフアロスポラン酸と5―メチル―1H―テトラゾール―1―酢酸とを反応させて、7―(5―メチル―1H―テトラゾール―1―イル)アセトアミドセフアロスポラン酸を得た製造例が(別紙二参照)、実施例26には、7―アミノ―3―(2―メチル―1、3、4―オキサジアゾール―5―イルチオ)メチルセフ―3―エム―4―カルボン酸と1H―テトラゾール―1―酢酸とを反応させて、7―(1H―テトラゾール―1―イル)アセトアミド―3―(2―メチル―1、3、4―オキサジアゾール―5―イルチオ)メチルセフ―3―エム―4―カルボン酸を得た実施例が記載されており(別紙二参照)、右製造例及び実施例の記載からは、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基としてアセトキシ基からなる化合物(製造例1)及び複素環チオ基からなる化合物(実施例26)に対して、5―メチル―1H―テトラゾール―1―酢酸、1H―テトラゾール―1―酢酸を反応させた場合、右各酢酸は、いずれも7位のアミノ基と反応するが、3位及び4位の置換基は右反応の影響を受けないことが認められる。また、同号証によれば、「本発明の原料化合物の一つである7―アシル化アミノセフアロスポラン酸は、セフアロスポリンCを蟻酸及び塩化ニトロシルで加水分解し、生成する7―アミノセフアロスポラン酸(7―ACA)を……」(第二欄第五五行ないし第五九行)と、3位のメチル基上にアセトキシ基を有するセフアロスポリンCを脱アシル化反応させて7―アミノセフアロスポラン酸(7―ACA)を得る旨の記載がある(別紙二参照)とともに、製造例5には、3位のメチル基上に複素環チオ基を有する7―(D―5―アミノアジピンアミド)―3―(1―メチル―1H―テトラゾール―5―イルチオメチル)―3―セフエム―4―カルボン酸ナトリウムを氷水中で冷却された蟻酸溶液中に溶解し、これにアセトニトリル溶液を加えて激しく攪拌しながら処理して脱アシル化反応を行い、7―アミノ―3―(1ーメチル―1H―テトラゾール―5―イルチオ)メチルセフ―3―エム―カルボン酸を得る製造例(別紙二参照)が記載されていることが認められ、右の記載からすれば、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基としてアセトキシ基を有する化合物及び複素環チオ基を有する化合物に脱アシル化反応を施しても、7位に反応が生じるものの3位及び4位の置換基は右反応の影響を受けないことが認められる。以上認定した各製造例及び実施例等の記載に徴すれば、第四引用例には、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物とアセトキシ基である化合物に同一ないしは類似の物質を反応させた場合、あるいは両化合物に脱アシル化反応を施した場合に、両者は同様に反応し、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基がアセトキシ基であるか複素環チオ基であるかによつてその反応性に影響を受けないという事実が示されているといえる。そして、右事実に前示のとおり第四引用例の目的化合物と本願発明の目的化合物が同じである事実及び前記当事者間に争いのない本件審決認定の第一引用例ないし第三引用例の記載内容並びに右各引用例との本願発明と一致点及び相違点に関する事実(第一引用例ないし第三引用例には、エステル保護基を離脱させる方法が記載されており、本願発明と第一引用例ないし第三引用例は、いずれもセフアロスポリンエステルからエステル保護基を離脱させる点で一致していること、第一引用例ないし第三引用例で採用されているエステル保護基がいずれ本願発明において特定されている前記―OOOとR4の間で切断される基に該当すること、及び本願発明と右各引用例とは、原料及び目的化合物の3位のメチル基上の置換基について、本願発明においては前記特定の複素環チオ基であるのに対して、第一引用例ないし第三引用例においては、水素(非置換)又はアセトキシ基である点で相違するにすぎないこと。)を総合勘案すれば、第四引用例には、4位にエステル保護基を有する化合物が記載されていないもののセフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物に4位のカルボキシル基の保護基を脱離させる手段を施した場合には、第一引用例ないし第三引用例の場合と同様の反応を示すであろうことは容易に予測し得るものと解するのが相当である。原告は、第四引用例には、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物とアセトキシ基である化合物がいかなる場合に同様に反応し、いかなる場合に同様に反応しないかについて触れた記載がないばかりか、かえつて、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物と水素又はアセトキシ基である化合物とでは4位の置換基の反応性に差のあることを示す記載があるとして、第四引用例の実施例20(b)と実施例21、実施例20(c)と実施例22とを指摘し、これらそれぞれを対比すれば、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基がアセトキシ基の化合物(実施例20(b)、20(c))と複素環チオ基の化合物(実施例21、22)とに同一の物質をそれぞれ作用させた場合、前者では、該作用物質は、3位と7位に変化を与えるのに対し、後者では7位に作用するだけで、両出発物質は同様には反応しないのであつて(別紙一参照)、これらの実施例は、「セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物」は、「その置換基がアセトキシ基である化合物」と「同様に反応」はしないことを示している旨主張する。しかしながら、第四引用例には、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物とアセトキシ基である化合物に同一ないしは類似の物質を反応させた場合あるいは両化合物に脱アシル化反応を施した場合に、両者は同様に反応し、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基がアセトキシ基であるか複素環チオ基であるかによつてその反応性に影響を受けないという事実が示されていることは前認定説示のとおりであつて、原告の右主張は採用し得ず、また、前掲甲第六号証によれば、第四引用例には原告主張の二組の実施例が記載されていることが認められるが(別紙一参照)、原告主張の二組の実施例における反応物質であるチオール類がセフアロスポリンの7位のハロアシルアミド基中のハロゲン原子を複素環チオ基に変換する反応物質であるとともに、3位のメチル基上のアセトキシ基を複素環チオ基に変換する反応物質であることは、右二組の実施例の記載に徴して明らかであり、3位のメチル基上の置換基がアセトキシ基である実施例20(b)と実施例20(C)においては、7位のハロアシルアミド基中のハロゲン原子とともに3位のアセトキシ基も複素環チオ基に置換されるのに対して、3位のメチル基上に既に複素環チオ基を有する実施例21と実施例22においては、3位の置換基に変化が生じないことは当然であると解することができる。したがつて、原告の挙示する二組の実施例は、3位の構造が異なる化合物について、3位における反応性が異なる場合を例示するにとどまるものであつて、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換基が複素環チオ基である化合物は、その置換基がアセトキシ基である化合物と4位の置換基に対して、同様に反応しないことを示している旨の原告の前記主張は採用できない。更に、原告は、参考資料一(甲第七号証)、二(甲第八号証の一及び二)、三(甲第九号証)及び甲第一一号証の記載内容から理解される本願発明の特許出願当時の技術常識(水準)を参酌すれば、本願発明の原料物質は第一引用例ないし第三引用例の場合とは異なる挙動を示すことが予測されるのであつて、本件審決は、右技術水準を誤認した旨主張するが、成立に争いない甲第七号証によれば、参考資料一は、一九七四年発行に係る「ジヤーナル・オブ・メデイシナル・ケミストリー」第一七巻第五号第五二三頁ないし第五二七頁であつて、右には、「セフアロスポリンのβ―ラクタムの反応性に与える3―メチレン置換分の影響」に関して、「3―メチレン置換分は、そのβ―ラクタムのカルボニル基から4原子離れているけれども、これらの置換分は、そのβ―ラクタムの化学的反応性に大きな誘起的影響を与え得る。」(同号証第五二四頁左欄下から第一四行ないし第一一行)との記載があることが認められるところ、右記載からは、セフアロスポリンの3位のメチル基上の置換分は、β―ラクタム環の8位の基の化学的反応性に大きな誘起的影響を与え得ることは窺うことができるけれども、その影響が4位の置換基へ影響を与えるか否かについては直接明言しているわけではなく、右記載からβ―ラクタム環への右誘起的影響が4位の置換基に影響を与えることが明らかであるとはいえず、右甲第七号証を精査するも、他に4位の置換基へ影響を及ぼすことを示唆する記載はなく、かえつて、同号証によれば、前記記載に先立つて「セフアロスポリン類の3―メチレン基におけるアセトキシ基を他の求核性化合物(複数)で置換することが容易な反応であることが知られ、多くの誘導体が製造されてきた」旨が記載されており、右の記載からすれば、むしろ3位のメチル基上の置換基であるアセトキシ基を求核性化合物である複素環チオ基等に置換しても、4位の置換基に影響を与えることがないことが窺われる。次に、成立に争いのない甲第八号証の一及び二によれば、参考資料二は、第一一回インターサイエンス・コンフアレンス・オン・アンテイマイクロバイアル・エイジエンツ・アンド・ケモセラピイの講演要旨集及び右講演に用いられたスライドの写真であるが、右には、「α―フエニルグリシン側鎖を有するβ―ラクタム抗生物質の化学的安定性」に関して、「広範囲の抗菌性スペクトラムを有し、医薬として実用化された三種の経口的に有効なβ―ラクタム抗生物質は、共通してαーフエニルグリシン側鎖を有している。我々は、セフアロスポリン類に関する研究の過程において、この側鎖を有する多数の誘導体を製造した。その分子の3位の置換分だけが異なるこれらの化合物は、中性のpH領域において、予期されなかつた不安定性を示した。」(同号証の一第九頁第三四行ないし第四二行)との記載があることが認められるが、右に「予期されなかつた不安定性を示した」とは、3位の置換分だけが異なるα―フエニルグリシン側鎖を有するβ―ラクタム抗生物質は、中性のpH領域において、予期されなかつた不安定性を示したということだけを記述しているのであつて、それ以外のこと、例えば、4位の置換基の化学的反応性に影響を与える等の事実を何ら示唆するものではなく、右甲第八号証の一及び二を精査するも、右事実を示唆する記載があるとは認められない。また、成立に争いのない甲第九号証によれば、参考資料三は、一九六九年発行に係る「ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサイアテイ」第九一巻第六号第一四〇一頁ないし第一四〇七頁であつて、右には、⊿2セフアロスポリン異性体に関して、「塩基中においては、⊿3と⊿2のエステル、一九aと二〇aは速やかに七〇対三〇の平衝混合物となつた。⊿2の酸だけが単離されたということは、β、γ―非置換エステル二〇aがより速やかに加水分解されるためと推測される。同じ条件下で、対応するセフアロスポリン化合物二一aと二二bとの平衝は、七〇対三〇と⊿2異性体の方に傾いている。平衝点は多分3位の置換分の大きさの差を反映している。」(同号証第一四〇四頁右欄式一八の下から第一行ないし第一四〇五頁左欄式の下第三行目)との記載があり、原告主張のとおりセフアロスポリン化合物について、3位のメチル基上の置換基が嵩高く大きい場合には、反応に際して副反応を生じて異性化(⊿2化)し、所望の目的物が得られない度合の大きいことが記載されていることが認められるが、右記載は、3位のメチル基上の置換基が嵩高い場合には、⊿2セフアロスポリン異性体が多く生成されることを示しているにとどまり、右記載から3位のメチル基上の置換基が嵩高い場合には、嵩高くない場合に比べて4位の置換基の化学的反応性(保護基の離脱の有無)に影響を与えることを示しているものと解することはできず、右甲第九号証を精査するも、右化学的反応性(保護基の離脱の有無)に影響を与えることを示唆すると認めるに足りる記載はない。更に、成立に争いのない甲第一一号証によれば、米国特許第三、二七五、六二六号明細書には、実施例四として、⊿3―セフエム化合物を⊿2―セフエム化合物に変換する実施例が記載されており、右実施例においては、原告が主張するように、4位のカルボキシル基に保護基をもつセフアロスポリン化合物のエステル保護基が離脱反応において異性化した化合物が得られたことが記載されているが、右実施例は⊿3から⊿2への異性化を積極的に行わせしめる例であり、右実施例から直ちに4位のカルボキシル基に保護基をもつセフアロスポリン化合物のエステル保護基の離脱反応において必然的に異性化が生ずるものと解することはできないし、このことは、同号証には、実施例八として、4位のエステル保護基の離脱反応によつて異性化が生じていない例が示されていることからも肯定することができることである。以上認定説示したところからすると、本願発明の特許出願当時の技術常識(技術水準)を示すものとして原告の提出に係る参考資料一ないし三(甲第七号証、第八号証の一及び二並びに第九号証)及び甲第一一号証には、第一引用例ないし第三引用例に記載のエステル保護基を離脱する反応において、その原料物質として本願発明の原料物質を使用した場合、その反応が進行しないとか、又は著しく困難であつて実用性がないとか、あるいは、第一引用例ないし第三引用例の場合と全く異なる挙動を示すという推測をなさしめるような技術内容の記載あるいはそうした技術内容を示唆する記載が存するものと解することはできず、したがつて、原告の前記主張も採用することができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
一般式
<省略>
(式中、R1がテトラゾリル基またはチアジアゾリル基であるとき、R2は水素原子、R1がアリール基またはチエニル基であるとき、R2はヒドロキシ基またはアシルオキシ基、R3はアルキル基で置換されていてもよいチアジアゾリルチオ基またはテトラゾリルチオ基、000R4は000とR4との間で切断されるエステル基をそれぞれ意味する)で示される7―アジルアミノ―3―置換メチル―3―セフエム―4―カルボン酸エステル類のエステル保護基を離脱して一般式
<省略>
(式中、R1、R2およびR3は前と同じ意味)で示される7―アシルアミノ―3―置換メチル―3―セフエム―4―カルボン酸誘導体を得ることを特徴とする7―アシルアミノ―3―置換メチル―3―セフエム―4―カルボン酸誘導体の製造法。
〔編註その二〕 本件に関する別紙は左のとおりである。
別紙一
<省略>
別紙二
<省略>
別紙三
<省略>